「少しは勉強したの?」と声をかけると、無視か反論か怒鳴り声が返ってきます。言わなければ何もしないのでは、と不安で声をかけずにはいられないのですが、言えば言うほど空気が悪くなります。どうすれば勉強してくれるのかわかりません。
これらの悩みのほとんどは、家庭が学習に関与しすぎることで起きています。
クリエートベースは、保護者が学習に介入しなくていい設計になっています。
クリエートベースで子どもたちに直接聞くと、ほぼ全員が同じようなことを言います。「自分(親)は解けないくせに」と。
親が問題を解けないということは、今取り組んでいる問題がどれほど難しいか、どれだけ頭を消耗する作業かを理解できない、ということです。判断する材料を持たない人間から「もっとやれ」と言われても、子どもの側には「あなたには判断できない」という確信があります。
理不尽な要求をしてくる相手に従うということは、その理不尽さを自分が認めることになります。それが自分の尊厳を傷つけるように感じられるから、子どもは反発します。反発は反抗心ではなく、自分を守るための反応です。
「言い方を変える」「タイミングを選ぶ」「褒めてから言う」——こうした対処法はネット上に無数にあります。しかしそれを調べて実践しようとしている時点で、すでに問題の本質からずれています。
子どもへの声かけ方を他人の記事から学ぼうとするということは、自分の子どもと直接話すことをしていない、ということです。見知らぬ他人の意見を優先して、目の前の子どもの話を聞かない——その姿勢自体が、子どもにとっては理不尽です。
保護者へのアドバイスではなく、子ども本人に伝えます。「問題やるから、家で解かせてみろ、と言ってみなさい」と。怒りをぶつけるよりも、対等に話し合える関係を自分の手でつくる方が建設的です。親が解けなかったとき、初めて「自分がどれだけ難しいことをやっているか」を伝える場が生まれます。
最終的には、親も悪気があって言っているわけではないということを、子どもが理解することです。心配の表し方が下手なだけです。「うるさい」と壁を作るより、今自分がどんな状態かを素直に伝えてみる方が、関係は早く改善します。状態を伝えれば、声をかける必要がなくなるからです。
「勉強しろ」への反発が慢性化しているとき、その背景には学習上の行き詰まりが重なっていることが多いです。難しすぎる、量が多すぎる、どこから手をつければいいかわからない——そういった状態にある子どもほど、声かけへの反応が激しくなります。