受験に積極的な親と、子どものペースに任せたい親で意見が合いません。家庭内で方針が統一されていないため、子どもが混乱しているように見えます。どうすれば夫婦で足並みを揃えられるのかわかりません。
これらの悩みのほとんどは、家庭が学習に関与しすぎることで起きています。
クリエートベースは、保護者が学習に介入しなくていい設計になっています。
夫婦で受験への関わり方が違うという状況は、珍しくありません。価値観や育ちが異なる二人が、子どもの教育について全く同じ考えを持つ方が稀です。問題はその違いではなく、その違いをどう扱うかです。
関わり方が違うのは、多くの場合、相手がどういう状況でそう考えているかを把握していないからです。仕事の忙しさ、子どもとの関わりの時間の差、受験への知識の差——それらを正直に話し合えば、なぜそういう考えになるかは自然と理解できます。理解できれば、完全に一致しなくても折り合いはつきます。
夫婦間の考え方の違いを塾の講師に相談するケースがありますが、率直に言って意味がありません。塾の講師は家庭の内側を知りません。どちらの言い分が正しいかも判断できなければ、夫婦関係に介入する立場にもありません。外から家庭の実態を把握できるはずがないのに、アドバイスをする講師が多すぎるのが現状です。そのようなアドバイスに従って動くことで、かえって問題が複雑になります。
母親からこの種の相談を受けて、嬉しそうに乗る講師がいます。ほぼ間違いなく、学力のない講師です。学力があれば、授業と関係のない家庭内の話に深入りすることの無意味さがわかるからです。そういった講師に感謝している母親は「親切に相談に乗ってくれている人のことを悪く言うな」と言いますが、親切と有能は別物です。家庭の実態を知らない人間に相談して得られるものは、ほとんどありません。
どうしても第三者を交えて話し合いたいのであれば、母親だけが講師に相談するのではなく、父親・母親・子どもの全員を呼んで話を聞く場を設けることが最低限の筋です。一方の話だけを聞いて判断することは、偏った情報をもとにしたアドバイスにしかなりません。
「役割分担を決める」「どちらかが主導権を持つ」「話し合いの場を設ける」——こうした対処はいずれも、夫婦が自分たちで取り組むべきことです。外部から処方箋を与えられるものではありません。
相手の状況と考えを、正直に話し合うことです。「なぜそう思うのか」を聞き、「自分はなぜこう考えるのか」を伝える。それだけです。完全に一致する必要はありません。子どもの前で対立しないことと、子どもに判断を委ねないことを共通認識にできれば、細部の違いは許容範囲に収まります。
夫婦の方針が完全に一致していなくても、子どもはそれほど混乱しません。むしろ問題になるのは、夫婦が子どもの前で対立を見せることや、「お父さん(お母さん)はこう言っている」と子どもを仲裁役にすることです。違いがあること自体より、その扱い方が子どもに影響します。
夫婦の意見が割れやすいのは、学習量・塾の選択・宿題の管理といった学習面の判断が多いです。それらを塾側に委ねることで、夫婦間の議論の対象が減ります。全てを家庭内で決めようとするほど、意見の違いが表面化する機会が増えます。