他の子の成績や合格実績が気になって、うちの子と比べてしまいます。比べてはいけないとわかっているのに止められません。そんな自分が嫌になります。
これらの悩みのほとんどは、家庭が学習に関与しすぎることで起きています。
クリエートベースは、保護者が学習に介入しなくていい設計になっています。
「比べてしまって自己嫌悪になる」と他人に話すとき、何を求めているかを考えてみてください。本当に自己嫌悪なら、行動で示すはずです。それを外に言うということは、「比べてしまうのは仕方ない」「そんなに自分を責めないで」という言葉を求めているケースがほとんどです。C11「叱りすぎたかもしれない」と同じ構造です。
「子どもを比べてはいけない」とよく言われますが、そもそも比べること自体は問題ではありません。相対的な位置を知ることは、現状を把握するために必要なことです。受験は合否という結果で判断される以上、他の受験生との比較は避けられません。問題は比べることではなく、比べることによって生じる弊害です。
「比べてはいけない」と言いながら、大手塾が採用しているのはクラス分け、テストの順位、偏差値——他人と比べる競争のシステムそのものです。相対的な順位を知るためにそれが機能していることは事実です。しかし問題は、そういった比較が頻繁にありすぎることと、クラス分けや順位が合否と必ずしも直結しないにもかかわらず、子どもを傷つける道具として機能してしまうことです。
「他の子と比べないようにしよう」という努力は、受験という環境にいる限り続きません。模試の結果、クラス分け、合格実績——情報は否応なく入ってきます。比べないことを目標にするより、比べた結果をどう使うかを変える方が現実的です。
他の子との比較は、現在地の把握に使うものです。「今この位置にいる」という事実を確認し、次に何をすべきかを考える材料にする。それだけです。比較を感情的な評価(劣っている、ダメだ)に変換した瞬間に、弊害が生まれます。
「比べてしまう自分が嫌だ」という親の感情は、解消されない限り子どもへの言動に出ます。自己嫌悪を感じながらも比べ続けることは、最も子どもに悪影響を与えるパターンです。比べるなら堂々と比べ、その結果を学習の改善に使う。それだけの話です。
クリエートベースでは、他の生徒との比較を指導の軸にしません。その子が先週できなかった問題が今週できるようになったか——それだけを基準にします。受験は最終的に合否で判断されますが、日々の学習の中で他者との比較を持ち込むことは、子どもの思考を萎縮させます。他の子より「今の自分より」の方が、学習の動機として機能します。